후리가나로 읽는 일본 고전
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さこく
鎖国
和辻 哲郎
和辻 哲郎의 鎖国(さこく)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 443,306자 · 875화면
香港の西のマカオはポルトガル人の根拠地であった関係から、一六一四年の追放者百余人、一六三六年の追放者二百八十七人などが行っているが、日本から奴隷として連れて行かれたものも少なくなかったらしい。そこからずっと西へ行ってトンキンにもかなりの日本人がいたらしい。一六三六年にはオランダのカピタンが日本人の家に泊めて貰ったり、長崎人和田理左衛門や日本婦人ウルサンの斡旋によって、国王に謁見したりしている。更にマレー半島南端のマラッカでは、一六〇六年のオランダ艦隊の攻撃のときに、日本人が守備隊に加わって勇敢に防禦に努めたといわれている。ジャバのバタビヤへは、一六一三年にオランダ人が大工・鍛冶・左官・水夫・兵士など六十八人を雇って行った。その後も日本の移民を幾度か連れて行ったらしい。一六二一年には幕府がそれを禁じたほどである。東インド会社の使用人としてはその頃七十人とか五十人とかの日本人がいたし、自由市民としても百幾十人の男女がいた。モルッカ諸島にも、一六二〇年には二十人、一六二三年にはアムボイナ島に六十三人の日本人がいたといわれる。なおその他南洋諸島やインドにも少しずつは行っていた。