일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

ちょうへんしょうせつしけん

長篇小説私見

豊島 与志雄

豊島 与志雄의 長篇小説私見(ちょうへんしょうせつしけん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 4,065자 · 8화면

아오조라 문고

文学の領域内の種々の専門的技法の問題としてでなく、生きた人生の問題として論議することが出来る。

実在的人物の描写から、広汎な意味での自己表現というところへまで、文学が進展させられている現代に於て殊に、長篇作品が要望されるのである。この自己表現という要素は、短篇にあっては往々、作品の空疎を来す恐れがあるけれども、長篇にあっては、作者に精神的活動の自由を与えると共に、作品の立体的重厚さを増させ得る。現実に奉仕することは、横へ横へと平面的な拡がりをのみ招く危険が多いが、それに作者の意欲的創造を加える時には、縦への立体的拡がりを加える結果が得らるるだろう。

この実際的問題については、理論的解説をなさずとも、多くの長篇作品が示してくれている。前に述べたジィドの作品は固より、ドストエフスキーの諸作もそうであるし、トルストイの最も現実的な作品でさえもそうである。なお、自然主義の作家についてもこのことが言える。すぐれた作品はみな、現実奉仕の一面と共に、作者の意欲的創造の一面をも持っている。そして、この両面をしっくり合体させ得ることは、短篇に於いては困難であるが、長篇に於いてはさほどの難事ではない。