일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ずいひつ しほんたいへいき

随筆 私本太平記

吉川 英治

吉川 英治의 随筆 私本太平記(ずいひつ しほんたいへいき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 56,947자 · 114화면

아오조라 문고

「なにしろ、長い月日、陽の目も見ない寺でしたから……」

と、山越住職は喞って、「今はまあ。そんなでもありませんが、以前は、足利出身の子が東京へ徒弟にでも出ると、逆賊の土地ッ子かなんて、よくいじめられたもんですし、足利織物のレッテルでさえ、逆賊織かと嫌われたという程でしたからね、文部省でも、ここの修理なんてことは、うっかり持ち出せなかったもんでしょうなあ」と、いかにも長い世代の白眼に耐えて来たようなまろい背を、今もかがめたままでいる。

若い高氏のいた頃の居館は、この鑁阿寺ともいわれるが、四囲の地形から市の背後の本城山(今、両崖山)かと考えられる。本城つまり本庄、足利政所の転訛ではなかろうか。

前回まで書いた又太郎高氏の忍び遍歴は、もとより私の創作である。が、時代の風潮、点景人物、後醍醐帝の朝覲の儀など、おもなることは“増鏡”やその他の史実に拠った。――その日、私たちのために案内の労をとってくれた足利史談会の須永弘氏は、高氏の京都出生説をのべていたが、それとて確証はないのである。が、郷土史家の一史眼ではあると思った。

兼好法師の「徒然草」には、謡曲鉢ノ木の最明寺時頼が、旅すがら、足利家にも立ち寄っていたことが見える。