일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

かまをきずいてしりえたこと

魯山人陶説

北大路 魯山人

北大路 魯山人의 魯山人陶説(かまをきずいてしりえたこと)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 46,780자 · 98화면

아오조라 문고

五十の人を七つ重ねると言ったら若いものでしょう。ついこの間のことで、何程のことでもないのです。それを遥か遠い向うに置いて、霞をかけて金色の模様でも見るように盲目的信仰に陥ってしまうと、自分の眼は失われ、いい茶碗か悪い茶碗か、肝心の問題がどこかに行ってしまうことになる。

昔と言っても私が若いときですが、当時京都の東本願寺の法主は素行上時々脱線した人でありまして、京の祇園あたりに遊び暮し、朝早く馬車で帰って来るのが常習でありました。本願寺の法主というと、宗教家でありますが、実は宗教家でも何でもありません。この頃の坊さんは徒らにお経をあげたり、仏さまの前で朝から何やらお勤めしたりするけれども、宗教学者じゃありません。宗教家ではないが、宗教家の家に生まれただけのことで、不当に飯を食っているという有様が多く見られます。その人々の一人として法主がおしろいくさい匂いをさして、毎朝祇園の町から馬車でいかめしく帰って来たものです。それとは知らないで、本願寺の前には善男善女が幾十人と土下座していて、法主の顔など見ようともせず、はっとひれ伏してありがたがっておるという光景を、事実知っておるのですが、茶器を見る人にもそういう傾向があるのです。