후리가나로 읽는 일본 고전
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「どうかんがえるか」について
「どう考えるか」に就て
宮本 百合子
宮本 百合子의 「どう考えるか」に就て(「どうかんがえるか」について)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 4,397자 · 9화면
民主主義社会の黎明がもたらされ、抑圧の錠が明けられたとき、日本の文化人は既に十分の準備をもって新たな文化への発足をその敷居に立って用意していたか、そうでなかったかということに直接に関連して来る。今日、文化と思想との自由を云い、その自由な発展の可能を語るならば、それは重く苦しかったこれまでの十数年間を、文化人が理性の勝利を確信しつつどんな形で、文化の本質を守りつづけ、押しすすめて来ていたかという点への見直しなしに、真の歩み出しは不可能なのである。
雑誌編輯者としての「かん」から、今日のせわしない空気に対して、そういう手紙の編纂掲載は時日からいって、まだ時機が早いというのならば、それは当っていると思う。けれども「思想性」がないから、という片づけかたには、それを掲載するしないにかかわらず、文化発展のための蓄積・文化進歩の一々の過程についての綿密な評価の欠如が感じられる。
第一次欧州大戦後、敗戦したドイツではフライブルグ大学教授ヴィットコップによって「戦没学生の手紙」が蒐録され、岩波新書の一冊として翻訳が刊行されていた。真摯な若い心に、戦争の理不尽と幻滅とは、どのように映ったか、しかも猶これらの若者達が、名状すべからざる困難な日々の中に、自分達の経験をかみしめ、それを記録して行った姿は、深く心をうつものがある。