후리가나로 읽는 일본 고전
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チェーホフのたんぺんについて
カシタンカ・ねむい 他七篇
神西 清
神西 清의 カシタンカ・ねむい 他七篇(チェーホフのたんぺんについて)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 46,418자 · 92화면
彼はみずから唯物論者と称していた。――死体を解剖して見たら、いかな唯心論者のこちこちでも、どこに霊魂があるか?――という疑問を起さずにはいられないだろう。肉体の病気と精神の病気がいかに酷似しているかを知り、両方とも同じ薬品で直せることを知ったら、人はもはや精神と肉体を分けて考えはしまい。――唯心論者は学者ではなくて、名誉職にぞくする。……などといった言葉なら、チェーホフの手紙から無数に拾いだせるはずである。
この自然科学的唯物論者は、その当然の結果として無宗教であった。しかも彼の場合、単に理智的に反宗教なのではなくて、宗教的感覚がきれいに欠けていたのである。いわゆるアテイストではなくて、いわば宗教不感症なのである。これはロシヤの文学伝統の上では、恐らく異例にぞくするであろう。神ありやなしや――という問題は、あのイヴァン・カラマーゾフの執拗な追求を絶頂として、前世紀ロシヤ精神の中心的な課題であった。それは一方に幾多の世界文学大の作品を生みだす母胎をなしたと同時に、その反面また尖鋭なロシヤ的反神論者を簇出させたのである。その際、当時のロシヤでは宗教と反動とは殆ど区別しがたい同義語をなしていたという指摘(メレジコーフスキイ)は考慮に入れておく値打があるだろう。