후리가나로 읽는 일본 고전
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ごじゅうねんだいのぶんがくとそこにあるもんだい
五〇年代の文学とそこにある問題
宮本 百合子
宮本 百合子의 五〇年代の文学とそこにある問題(ごじゅうねんだいのぶんがくとそこにあるもんだい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 25,472자 · 50화면
一
十二月号の雑誌や新聞には、例年のしきたりで、いくたりかの作家・評論家によって、それぞれの角度から一九四九年の文壇が語られた。その一年に注目すべき作品を生んだ作家たち、明日に属望される新人も、作品に即してあげられた。
これらのしめくくりは、しかし、去年という三百六十五日の間にわたしたちが生活と文学との肌身へじかにうけて生きて来た激しい暑さ、さむさ、ほこりっぽい複雑さのいろいろを、その深さ、その多面なひろがりそのものにおいて整理したものであると言えたであろうか。少くともわたしは、どこかくさびのぬけた概括が多かったと感じる。そこにあるはずの問題がちゃんとおもてにとり出して、うけるだけの扱いをうけていないように思える。去年の花床として、見わたしておもてに見える高低だけ言われている土のなかには、その花が咲いたら面白いだろうと思う球根が、いくつか放ったらかしになっている。そんな風にも感じる。そして、この感じは、まとめて表現しにくいままに、案外ひろく人々の心のどこかでは感じられている実感ではなかろうかと思う。
一九四九年は、いい年でなかった。