후리가나로 읽는 일본 고전
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こんにちのぶんがくのてんぼう
今日の文学の展望
宮本 百合子
宮本 百合子의 今日の文学の展望(こんにちのぶんがくのてんぼう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 43,109자 · 83화면
阿部知二氏は「幸福」を今日の漱石文学とし「こゝろ」や「それから」に一縷通じるものとの念願に立って書かれたのだそうである。「こゝろ」の先生という人格や「それから」の代助と、公荘とを比べる人の心に、果してどのような感想が湧くであろう。漱石は彼の明治四十年初期の環境において、過去の形式的、馬琴的道徳と行為の動機における「自覚されざる偽善」とを烈しく対立させた。習俗が課すしきたりの行為とその評価とに対して自主的な意志と目的の発動において人間が行為するだけ勇敢であるべきことを主張した。「先生」も「代助」もそのような自己の主張に立って生活を統一しようとしているために日露戦争後の世間の風潮にそむいて外見の不活動、低徊に生きた人物として立ち現れているのである。もとより漱石が旧道徳に対して新しき人間的モラルを主張した現実の姿が、彼の芸術の特徴をなした知的、行動的低徊に繋がれたことは、当時のインテリゲンツィアの一部が持っていた経済的・知的貴族性に制せられた結果として、今日自明なことである。
「幸福」の公荘は、壮年に達したばかりの年齢で既に生一本な情熱に動かされる感情を喪失し、しかも周囲の感情生活の諸相は或る程度あるがまま悪意なく理解する物わかりよさを持ち、常識は常識と知って習俗にさからわぬ躾をもって現れている。