일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

はいくとはどんなものか

俳句とはどんなものか

高浜 虚子

高浜 虚子의 俳句とはどんなものか(はいくとはどんなものか)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 51,046자 · 99화면

아오조라 문고

「かな」その他の切字は俳句特有の意味をさえ有するようになっているのであります。その、

切字については別に論ずるところがありますが、切字以外の文法は格別論ずる必要もないことと思います。(22)

芭蕉の弟子のうちに、

支考という男がおりまして、俳句の文法などを講じ、当時の無学な俳人共を煙に巻いて以来宗匠の中にはとかく俳諧文法論が盛んでありますが、私は全然これを無用のものとして排斥します。(23)

そうしてここに一つ断案を下しておきます。

九 俳句の文法といって特別の文法は存在いたしません

この句における季題の用いられ方はやはり「耕」という季題のある特別の場合を叙したもので、同時に季題の性質のある点を説明した形になっているところが鶯の句に似ています。

初午や足踏れたる申分 召波

召波の名は前に一度出ました。蕪村高弟随一人であります。もっともよく蕪村に親炙した点においては几董に似ていますが、俳句の技倆からいったら几董以上といってもいいかと思います。ともかく、几董、召波、大魯あたりはあまり力に甲乙のない天明時代の作家であります。

さて句意は、初午すなわち二月の最初の午の日には、稲荷神社はもとよりのこと、大名その他大きな邸宅の中にある稲荷にも多くの人が参詣するのでありますが、ふと足を踏まれた。