후리가나로 읽는 일본 고전
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はいくとはどんなものか
俳句とはどんなものか
高浜 虚子
高浜 虚子의 俳句とはどんなものか(はいくとはどんなものか)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 51,046자 · 99화면
武士として人に足を踏まれたとあってはだまっていることはできん。そこで「なぜ足を踏んだ。」ととがめ立てをするというのであります。召波はたしか武士であったはずであります。
この句の初午という季題の使い具合は、前条の畑打などと大同小異であります。
次に最後の時候に移ります。
元日の酔詫に来る二月かな 几董
几董のことは前条に申しました。
句意は元日に年始に来て大変酔っぱらって失礼をした――何か落度でもあったのであろう――と言って二月になってから詫びに来た、というのであります。
この句の季題は「二月」であります。「元日」も季題でありますからその点からいうと季重なりでありますが、しかしこの場合は前の「梅一輪」の句などほどにも季重なりの感じがしません。「元日」は季のものでありながらこの場合「季」の感じはほとんどなくなっています。そこでこの句も「二月」のある事実を叙したのであって、前の「耕」の句などとはやはり大同小異であります。
長閑さや早き月日を忘れたる 太祇
太祇の名前も前章に出ました。太祇はその節も申しました通り蕪村より先輩であり、几董、召波あたりより手腕も一等上としなければなりません。