후리가나로 읽는 일본 고전
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はいくはかくかいしかくあじわう
俳句はかく解しかく味う
高浜 虚子
高浜 虚子의 俳句はかく解しかく味う(はいくはかくかいしかくあじわう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 73,016자 · 144화면
と連ねられた文字の使い具合でこれは「障子の紙」という掛言葉になっているのである。この作者宗鑑という人は今から凡そ三百年ばかりも前の時代の人で、その時代はこの掛言葉が流行して、その掛言葉の上手下手がやがて俳句の上手下手と見做されたのであって、自然その掛言葉から来る滑稽趣味、地口ともいうべき一種の駄洒落が句の生命を為していたのであった。それを改革して文学的生命あるものとしたのが前言った松尾芭蕉で、それ以来かかる流行は廃れたが、なお時にその種の句も存在しないではなかった。その一例を言えば、
愚痴無智の甘酒作る松ヶ岡 蕪村
この句は鎌倉の松ヶ岡即ち今は宗演老師のいる東慶寺のことを言うたのであるが、この松ヶ岡(地名)の東慶寺という寺は北条時宗の細君が開山の尼寺で、今でいう女権保護のために建てた寺で、この寺に一歩でも足を踏み込んだ女にはもう法律の権威が及ばない、尼の許しを得なければ将軍であろうが大名であろうが、その女をどうすることも出来ないのであった。それは北条時代からこの御維新前まで続いて来たのであって、自然この寺には沢山の女が庇護されてもいたし、またその女の望みによっては末寺の坊に落飾して住まっていた女も沢山あった。