후리가나로 읽는 일본 고전
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じゅうごねん
十五年
山本 実彦
山本 実彦의 十五年(じゅうごねん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 8,158자 · 17화면
十周年号に千葉亀雄氏が批評したものと重複するからここに省くこととする。
私は、五、六年前までは、たいていの小説や戯曲は一読しておったが、自分の仕事のひろがるとともに、それもできなくなった。ところが、昨年十一月から雑誌『文芸』を刊行するようになって、また以前のように月に幾つかは目にふれるようになった。そして『改造』の懸賞創作の当選者たちとも、ときどき逢ってみる。私はこららの人びとから他日、立派なものをかいてくれる人が出ることを念ずる。
また私が、雑誌に関係するようになってから、ずいぶん、多くの文壇人が死んだ。鴎外氏の晩年ごろは、私はときどき上野に訪問した。そしていろいろの人に紹介してももらった。ブッキラボウのようで深切味のある人であった。
有島武郎氏とは、郷里が同じいので、ときどき原稿もかいてもらった。「宣言」や「描かれたる花」その他を記憶している。氏は内面的には強い人であったようだが、人から頼まれれば断わりきれないところがあった。私に紹介されたある社会主義者のために、私は、その死骸までも片づけなければならぬこともあった。それから芥川君や、葛西君も、したしい交遊があり、特色のある人びとであり、まだ将来芸術的に何かを期待されていたのに、惜しいことをしたものだ。