일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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こくをみる

古句を観る

柴田 宵曲

柴田 宵曲의 古句を観る(こくをみる)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,028자 · 333화면

아오조라 문고

という凡兆の句があった。同じような材料ではあるが、これは一葉ではない。僅に三枚しかない苗木の桐の葉が皆散ってしまって、あとは坊主の枯木になっている、というのだから、季節はもう少し後になる。漱石氏が『野分』の中でたった一枚梢に残っている桐の葉が、風に揺られて落ちるところを細叙したのは、それを見ている病人の心持と相俟つ点があって、必ずしも自然の写生ばかりではないが、季節からいうと凡兆の句に近いであろう。「三葉散りて」といったところで、続けさまに葉が三枚散ったわけではなしに、かつては三枚あった葉が三枚ながら散ってしまって、今は枯木になっているという、やや長い時間が含まれている。知方の句は現在三枚あるうちの一枚が落ちたので、それほど時間的な意味は認められない。句としては凡兆の方が複雑でもあり、力強くもあるが、桐の苗の三枚の葉を別な立場から扱った点に、われわれは或興味を感ずる。

根太から先へ名乗や草すまひ    范孚

相撲を秋の季と定めるのは、大内の相撲節会に基くものとすれば、実感写生を重んずる今の俳人が、依然これに倣っているのは不思議なようである。専門家の相撲は一月、五月と相場がきまって、他の季のものは問題にされていない。