후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
柴田 宵曲의 古句を観る(こくをみる)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,028자 · 333화면
笹の葉を焚くのだから、真冬の榾のような旺な火になる気遣はない。そのほのかな温みがコオロギに蘇生の想あらしめたのであろう。断続して幽な声が聞える、というのである。
笹の葉を焚くというような趣向は、実際でなければ思いつくものではない。「もの焚きしあとや」とでも置替えて見れば、容易に自然の妙を感ずることが出来る。
すか/\と西瓜切也龝のかぜ 陽和
西瓜というものは季題の上では秋になっている。瓜が夏で西瓜が秋というのは、藤が春で牡丹が夏なのと同じく、季節の境目におけるやむをえぬ現象であろう。今は一切の事が便利過ぎる世の中になってしまったから、昔の季題の標準で律するわけには行かないが、西瓜を食うのは赫々たる炎暑の中にも多少の涼味が動き初めてから――秋意のほのめくようになってからが多いかと思う。
西瓜の青い肌に庖刀を当ててすかりと切る。この庖刀はよく切れるのでなければならぬ。
「すか/\」という言葉は、その切味を示していると共に、先ず二つに割り、次いで半月形に切るというような、連続的な動作をも現している。
この句は明に「龝の風」と断っているから、新涼の度が漸くこまやかになってからのものに相違ない。