후리가나로 읽는 일본 고전
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こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
柴田 宵曲의 古句を観る(こくをみる)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,028자 · 333화면
振上げ打おろす鍬の刃が、夕日を受けてきらりと光る。そういう動作は句の表面に現れてはいないけれども、「田打」という言葉によって、同じような動作を繰返しつつあることが連想されるのである。
「振あぐる鍬のひかりや春の野ら」という杉風の句も、ほぼ同様な光景に著眼しているが、この句に比べるとよほど大まかなところがある。杉風は「振あぐる」という動作に重きを置いているに反し、嘯風はそれを「田打」という語に包含せしめ、夕日を点ずることによって時間的背景を明にした。両句の相異は主としてその点から来ている。
うぐひすや内等の者の食時分 黙進
この句を読むと直に蕪村の「うぐひすや家内揃うて飯時分」を思い出す。「食時分」はやはり「メシジブン」とよむのであろう。こう二つ並べて見ると、「内等の者の」は「家内揃うて」よりも表現が不束なように思われる。そこに修辞上における元禄と天明との差が認められるのであるが、「家内揃うて飯時分」という言葉には多少の俗気があって、蕪村の句としては上乗のものということは出来ない。食事時に鶯が啼くという全体の趣向からいっても、已に元禄にこの句がある以上、蕪村の手柄はやや少いわけである。