후리가나로 읽는 일본 고전
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こくをみる
古句を観る
柴田 宵曲
柴田 宵曲의 古句を観る(こくをみる)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,028자 · 333화면
その代り京都の冬を談ずる者の必ず口にする「底冷え」なるものからも免れている。時雨は底冷えのする土地の産物だといったら、あるいは語弊があるかも知れぬが、いずれも山近い土地の現象であるだけに、相互関係を否定出来まい。この句は時雨の降りかねた場合の寒さを、的確に現し得ている。
煤掃や埃に日のさす食時分 千川
煤掃が一わたり済んで昼飯になる。まだ片づききらぬ家の中で飯を食う。がらんとした室内に冬の日光がさし込んで、こまかい埃の浮動するのが見える、という意味であろう。「埃に日のさす」という言葉から見ると、一隅に掃寄せられたごみに日が当るという意味に解せられぬこともないが、それでは趣が少い。飯時分になってやや落著いた室内に、さし入る日光をしみじみと見る。その中に浮動する埃にも或美しさを感ずる、ということでなければならぬと思う。
「食時分」は「メシジブン」とよむのである。
特に煤掃の時という記憶はないが、日光に浮動する埃の美しさを感じたことは、われわれも子供の時分にある。美に対する子供の感じは存外早く発達するのである。あの中に無数の黴菌があるというようなことばかり教えて、何ものの中にも美の存することを知らしめぬのは、果して子供のために幸福であるかどうか。