후리가나로 읽는 일본 고전
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『わがはいはねこである』じょうへん
吾輩は猫である
夏目 漱石의 吾輩は猫である(『わがはいはねこである』じょうへん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 322,123자 · 643화면
一羽飛ぶともういけない。真似をする点において蝉は人間に劣らぬくらい馬鹿である。あとから続々飛び出す。漸々二叉に到着する時分には満樹寂として片声をとどめざる事がある。かつてここまで登って来て、どこをどう見廻わしても、耳をどう振っても蝉気がないので、出直すのも面倒だからしばらく休息しようと、叉の上に陣取って第二の機会を待ち合せていたら、いつの間にか眠くなって、つい黒甜郷裡に遊んだ。おやと思って眼が醒めたら、二叉の黒甜郷裡から庭の敷石の上へどたりと落ちていた。しかし大概は登る度に一つは取って来る。ただ興味の薄い事には樹の上で口に啣えてしまわなくてはならん。だから下へ持って来て吐き出す時は大方死んでいる。いくらじゃらしても引っ掻いても確然たる手答がない。蝉取りの妙味はじっと忍んで行っておしい君が一生懸命に尻尾を延ばしたり縮ましたりしているところを、わっと前足で抑える時にある。この時つくつく君は悲鳴を揚げて、薄い透明な羽根を縦横無尽に振う。その早い事、美事なる事は言語道断、実に蝉世界の一偉観である。余はつくつく君を抑える度にいつでも、つくつく君に請求してこの美術的演芸を見せてもらう。