후리가나로 읽는 일본 고전
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『わがはいはねこである』じょうへん
吾輩は猫である
夏目 漱石의 吾輩は猫である(『わがはいはねこである』じょうへん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 322,123자 · 643화면
その他にも理由はいろいろあるが、あまり長くなるから略する事に致す。聞きたければ鰹節の一折も持って習いにくるがいい、いつでも教えてやる。以上に説くところを参考して推論して見ると、吾輩の考では奥山の猿と、学校の教師がからかうには一番手頃である。学校の教師をもって、奥山の猿に比較しては勿体ない。――猿に対して勿体ないのではない、教師に対して勿体ないのである。しかしよく似ているから仕方がない、御承知の通り奥山の猿は鎖で繋がれている。いくら歯をむき出しても、きゃっきゃっ騒いでも引き掻かれる気遣はない。教師は鎖で繋がれておらない代りに月給で縛られている。いくらからかったって大丈夫、辞職して生徒をぶんなぐる事はない。辞職をする勇気のあるようなものなら最初から教師などをして生徒の御守りは勤めないはずである。主人は教師である。落雲館の教師ではないが、やはり教師に相違ない。からかうには至極適当で、至極安直で、至極無事な男である。落雲館の生徒は少年である。からかう事は自己の鼻を高くする所以で、教育の功果として至当に要求してしかるべき権利とまで心得ている。のみならずからかいでもしなければ、活気に充ちた五体と頭脳を、いかに使用してしかるべきか十分の休暇中持てあまして困っている連中である。