후리가나로 읽는 일본 고전
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『わがはいはねこである』じょうへん
吾輩は猫である
夏目 漱石의 吾輩は猫である(『わがはいはねこである』じょうへん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 322,123자 · 643화면
敵の計はなかなか巧妙と云うてよろしい。昔し希臘にイスキラスと云う作家があったそうだ。この男は学者作家に共通なる頭を有していたと云う。吾輩のいわゆる学者作家に共通なる頭とは禿と云う意味である。なぜ頭が禿げるかと云えば頭の営養不足で毛が生長するほど活気がないからに相違ない。学者作家はもっとも多く頭を使うものであって大概は貧乏に極っている。だから学者作家の頭はみんな営養不足でみんな禿げている。さてイスキラスも作家であるから自然の勢禿げなくてはならん。彼はつるつる然たる金柑頭を有しておった。ところがある日の事、先生例の頭――頭に外行も普段着もないから例の頭に極ってるが――その例の頭を振り立て振り立て、太陽に照らしつけて往来をあるいていた。これが間違いのもとである。禿げ頭を日にあてて遠方から見ると、大変よく光るものだ。高い木には風があたる、光かる頭にも何かあたらなくてはならん。この時イスキラスの頭の上に一羽の鷲が舞っていたが、見るとどこかで生捕った一疋の亀を爪の先に攫んだままである。亀、スッポンなどは美味に相違ないが、希臘時代から堅い甲羅をつけている。いくら美味でも甲羅つきではどうする事も出来ん。