후리가나로 읽는 일본 고전
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てつがくにゅうもん
哲学入門
三木 清
三木 清의 哲学入門(てつがくにゅうもん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 110,592자 · 219화면
状態におかれることが必要である。それは主知主義者の考える如く他のもろもろの心的活動がすべて鎮静に帰せられねばならぬということに限られない。或る一定の心的活動は抑止されねばならぬにしても、他の一定の心的活動はむしろ活発にされねばならぬと考えることもできる。かようにして我々の心のうちに一定の秩序の生ずることが認識にとって必要であり、徳とはまさにかくの如き心のうちにおける秩序を意味している。また客観主義の立場において、認識することは対象に純粋に身を委ねることであると考えても、主観のかような態度は決して単に投遣りの態度でないことはもちろん、単に受動的な態度でもなく、道徳的な心の準備を必要とするのである。更にヴィンデルバントのいう如く、本来の認識である判断には知的契機と共に意志的契機が含まれるとすれば、意志の一定の状態ないし態度が認識のために要求される筈である。いわゆる真理への意志は知識の倫理の問題でなければならぬ。
いま古代及び中世の哲学を振り返って見ると、近世哲学におけるのとは異り、知識の倫理について極めて熱心に説かれているのが見出されるのである。しかるに近世におけるいわゆる認識論の特色は、知識の問題からその倫理の問題を抽象しているところにあるといい得るであろう。