일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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てつがくにゅうもん

哲学入門

三木 清

三木 清의 哲学入門(てつがくにゅうもん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 110,592자 · 219화면

아오조라 문고

て答えること、対象が自己を与えること、自己を顕わにすること、即ち対象の自己啓示である。それはいわば愛の問に対して世界が答えることであり、これによって世界は自己を開示してその完全な存在と価値に達するのである。かくてアウグスティヌスにとって世界の「自然的」認識は、その対象的制約の側から見れば、ひとつの啓示の性格をもっている。この「自然的啓示」は究極においては永遠の愛であるところの神のひとつの啓示である。すべての主観的な作用が愛によって土台付けられているのみでなく、認識された物そのものもこの愛に応える自己啓示において初めてその完全な存在と価値に達するのである。そこでアウグスティヌスは、例えば植物は人間から見られ、見られることにおいてその特殊的な、自己に閉じ込められた存在からいわば救済されるという傾向性をもっていると語っている。マルブランシュは関心や注意を「魂の自然的な祈り」と呼んだ。この場合にも祈りという言葉は、主観的な人間精神の活動の意味のみでなく、関心と愛をもって見られた対象の自己開示のうちに存する答を一緒に体験することを含んでいる。そこでパスカルは、「愛と理性とは同じものである」