일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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てつがくにゅうもん

哲学入門

三木 清

三木 清의 哲学入門(てつがくにゅうもん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 110,592자 · 219화면

아오조라 문고

場所的自覚とは現実の中で現実を自覚することである。

ところで科学の主観もすでに行為的であった。科学も行為の立場を予想するにしても、それを主体的に自覚してゆくということは、科学のことではない。科学は世界をどこまでも客観的に見てゆくのである。その主観が行為的であるのも、客観的知識に近づくためであった。科学の与えるのは世界像であって世界観でなく、しかるに哲学の求めるのは世界観である。世界像は客観的な見方において形作られるものであるに反して、世界観は主体的な見方において形作られるのである。前者は世界の対象的把握であり、後者は世界の場所的自覚である。世界観は科学よりもむしろ常識のものである。常識は行為的知識として、論理的反省を経ていないにしても、或る世界観をもっている。日常の生活において我々は多くの場合、常識的世界観によって生活している。格言や俚諺の如きものは、かような常識的世界観を言い表わしている。世界観は世界の主体的な自覚である故に、そこには情意的な見方の含まれるのがつねである。哲学において知るものは人間の全体的存在である、哲学は「全体的人間」の立場に立っている。