일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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てつがくにゅうもん

哲学入門

三木 清

三木 清의 哲学入門(てつがくにゅうもん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 110,592자 · 219화면

아오조라 문고

そこで模写説においても、我々の心の性質を吟味することが必要になってくる。事実、ロックやヒュームは人間精神の本性について研究したのであって、かような批判的研究のために、認識論は彼等に始まるともいわれるのである。これに対し、我々の心の能力を吟味しないで、我々の心は無制限に認識し得るものと考えるのは、独断論と見られている。

ところで我々の心は鏡の如きものに比することができぬ。我々の心は自覚的であるが、鏡はそうではない。我々の心は自己反省的である。しかるに鏡は、そこに映る影が果して物を正しく写しているかどうか、反省することがない。鏡が単に受動的或いは受容的であるに反し、認識の主体は能動的でなければならぬ。知ることは選択することである。認識は模写であるとしても、与えられた一切のものを模写することは不可能であり、たとい可能であるとしても無意味であろう。認識するとは、与えられたもののうち、本質的なものと非本質的なものとを区別し、選択することであって、これはすでに主体の能動性に属している。認識は模写であるという場合、物が我々に対して自己の本質的なものをつねに直接に現わしているということがなければならぬ。