일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ぜんのけんきゅう

善の研究

西田 幾多郎

西田 幾多郎의 善の研究(ぜんのけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 123,777자 · 243화면

아오조라 문고

しかし単に形式的理性を本としては、前にいったように、到底何故に善をなさざるべからざるかの根本的問題を説明することはできぬ。そこで我々が深く自己の中に反省して見ると、意志は凡て苦楽の感情より生ずるので、快を求め不快を避けるというのが人情の自然で動かすべからざる事実である。我々が表面上全く快楽の為にせざる行為、たとえば身を殺して仁をなすという如き場合にても、その裏面について探って見ると、やはり一種の快楽を求めているのである。意志の目的は畢竟快楽の外になく、我々が快楽を以て人生の目的となすということは更に説明を要しない自明の真理である。それで快楽を以て人性唯一の目的となし、道徳的善悪の区別をもこの原理に由りて説明せんとする倫理学説の起るのは自然の勢である。これを快楽説という。この快楽説には二種あって、一つを利己的快楽説といい、他を公衆的快楽説という。

利己的快楽説とは自己の快楽を以て人生唯一の目的となし、我々が他人の為にするという場合においても、その実は自己の快楽を求めているのであると考え、最大なる自己の快楽が最大の善であるとなすのである。この説の完全なる代表者は希臘におけるキレーネ学派とエピクロースとである。