후리가나로 읽는 일본 고전
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ぜんのけんきゅう
善の研究
西田 幾多郎
西田 幾多郎의 善の研究(ぜんのけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 123,777자 · 243화면
竹は竹、松は松と各自その天賦を充分に発揮するように、人間が人間の天性自然を発揮するのが人間の善である。スピノーザも「徳とは自己固有の性質に従うて働くの謂に外ならず」といった。
ここにおいて善の概念は美の概念と近接してくる。美とは物が理想の如くに実現する場合に感ぜらるるのである。理想の如く実現するというのは物が自然の本性を発揮する謂である。それで花が花の本性を現じたる時最も美なるが如く、人間が人間の本性を現じた時は美の頂上に達するのである。善は即ち美である。たとい行為その者は大なる人性の要求から見て何らの価値なき者であっても、その行為が真にその人の天性より出でたる自然の行為であった時には一種の美感を惹くように、道徳上においても一種寛容の情を生ずるのである。希臘人は善と美とを同一視している。この考は最も能くプラトーにおいて現われている。
また一方より見れば善の概念は実在の概念とも一致してくる。かつて論じたように、一の者の発展完成というのが凡て実在成立の根本的形式であって、精神も自然も宇宙も皆この形式において成立している。して見れば、今自己の発展完成であるという善とは自己の実在の法則に従うの謂である。