후리가나로 읽는 일본 고전
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ぜんのけんきゅう
善の研究
西田 幾多郎
西田 幾多郎의 善の研究(ぜんのけんきゅう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 123,777자 · 243화면
然らば運動表象の体系と知識表象の体系と如何なる差異があるであろうか。意識発達の始に遡りて見るとかくの如き区別があるのではない、我々の有機体は元来生命保存のために種々の運動をなすように作られている、意識はかくの如き本能的動作に副うて発生するので、知覚的なるよりもむしろ衝動的なるのがその原始的状態である。然るに経験の積むに従い種々の聯想ができるので、遂に知覚中枢を本とするのと運動中枢を本とするのと両種の体系ができるようになる。しかしいかに両体系が分化したといっても、全然別種の者となるのではない、純知識であっても何処かに実践的意味を有っており、純意志であっても何らかの知識に基づいている。具象的精神現象は必ず両方面を具えている、知識と意志とは同一現象をその著しき方面に由りて区別したのにすぎぬのである、つまり知覚は一種の衝動的意志であり、意志は一種の想起である。しかのみならず、記憶表象の純知識的なる者であっても、必ず多少の実践的意味を有っておらぬことはない、これに反し偶然に起るように思われる意志であっても、何かの刺戟に基づいているのである。また意志は多く内より目的を以て進行するというが、知覚であっても予め目的を定めてこれに感官を向ける事もできる、特に思惟の如きは尽く有意的であるといってもよい。