일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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そうせきしとわたし

回想 子規・漱石

高浜 虚子

高浜 虚子의 回想 子規・漱石(そうせきしとわたし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 115,187자 · 231화면

아오조라 문고

と題した長論文を『日本新聞』紙上に連載して自らこれを承認し評価した。これは『俳句界四年間』と題した俳書堂出版の俳諧叢書のうちに収録してある。――この頃『俳諧大要』という合冊本として重版されたもののうちに在る。

居士の門下に集う俳人はこの頃も已に少くはなかった。漸く病床を出ることが稀になった居士はそれらの俳人の来訪を受けて句作し評論する上に種々の便宜も多かった。他の多くの人が種々の社会上の出来事に駆使されたりまた物質上の快楽に牽引されたりする中に在って、居士は静かに俳句の研究に専念なることを得た。もとより居士の性格にも原由するが境遇もまたこれを助けたといってよい。その静かに方丈の室に閉じ籠っていわゆる野心を満足さするのもこれ、病苦を慰むものもこれ、純一無雑の心持で一向専念に古俳句の研究、新俳句の主張にこれ日も足らなかった居士の眼から、その周囲に勝手気儘に行動しつつあった人々を見た時の心持はどうであったろう。剣呑でもあったろう、歯痒くもあったろう、片腹痛くもあったろう、残念でもあったろう。居士は飄亭君に対しても、碧梧桐君に対しても余に対しても、紅緑君に対しても、鼠骨君に対しても、殆ど何人に対しても、時としては鳴雪翁に対してすらも、直接もしくは間接に種々の忠言を試みることを忘れなかった。