후리가나로 읽는 일본 고전
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つぼたじょうじのあじ
坪田譲治の味
尾崎 士郎
尾崎 士郎의 坪田譲治の味(つぼたじょうじのあじ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 5,124자 · 11화면
実をいえば、私は心ひそかに弔詞の文章をさえ考えていたのである。
「坪田譲治、逝けり。逝くことの何ぞ悲しき。一片の孤舟、三途の河を渡らんとするに際し、われ岸頭に立って慟哭ついに自ら禁ずること能わず。われ二十余年(当時の感想)の生涯、この友情によって大過なきを得たりとすれば、今や何を以て生きんとする乎。彼亡き今日よりの春秋朝夕、この寂寞を抱いてわれ何処にか往かん。ああ譲治よ、斯心若し君が胸に幽音を伝うるものあらば、全身全霊の情熱を託して孤舟を再び生の岸頭に回すべし。云々」
あとは忘れたが、大体こんなような文句である。当時の時代的感情の中では、青春というものはいつも老衰の仮象の上にかたちを保っていた。その点が彼と私と共通していたのはお互いにストリンドベルヒの心酔者であったからでもある。私は特に「孤独」という随筆的形式によって書かれた長篇が好きで、「昔は敵は前にあった。今や、しかし、敵は前にもうしろにもいる」――という言葉に、あたらしく異常な感激をおぼえた。
もし、文壇を一つの学校みたいなものにたとえてみると、彼は、私よりもずっと先輩であったにもかかわらず、恰かも原級に止まった落第生の観があった。