후리가나로 읽는 일본 고전
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だいぼさつとうげ
大菩薩峠11
中里 介山
中里 介山의 大菩薩峠11(だいぼさつとうげ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 368,567자 · 720화면
人も知るところの、近代の名古屋の舞踊界に同時に現われた三人の名手。
京都祇園の生れ、篠塚力寿(本名、後藤りき)が、父に伴われ名古屋に来たのは天保十四年の頃、彼女十七歳の時、これが篠塚流を以て名古屋の花柳界舞踊を風靡した一人。
阪東秀代が江戸から流れて来たのは弘化三年、年二十三歳の時という。秀代は江戸旗本の娘(本名、川澄うら)、これが篠塚流に劣らざる名古屋舞踊界の大きな勢力となる。
この間に出入介在して、長と能とを取入れて、ついに天下無比と名古屋が誇る名古屋踊りを大成した西川鯉三郎が現われる。
力寿――秀代――鯉三郎。流名を以て言えば篠塚流と、阪東流と、西川流とが、幕末及び明治にかけての名古屋舞踊の三大潮流をなす。後にはみな西川派へ合流してしまったようなものだが、この三派にもおのおの、盛衰と消長とがあって、或いは合し、或いは離れて、かなりの混戦があった。力寿は京都にある時、四歳にして家元篠塚文寿の門に入り、十三歳にして名取となる。踊りのほかに太鼓、鼓、筝、三絃にも妙を得て、その上に類稀れなる京美人ということがあったから、酔雪楼の芸妓となって、傍ら踊りの指南をしているうちに、ついに名古屋芸妓の取締に選ばれることになる。