일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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こうし

孔子

和辻 哲郎

和辻 哲郎의 孔子(こうし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 74,301자 · 148화면

아오조라 문고

人はそれぞれその一生に志学の年、而立の年、不惑の年、知命の年、耳順の年等を持つと考えられる。もちろん人によっては而立の年に至っても立ち得ず、不惑の年に至ってなお惑溺の底にあり、知命の年に焦燥して道を踏みはずし、耳順の年に我意をもって人と争うこともあるであろう。しかし立ち得ないでも彼は而立の年に達しているのであり、また惑溺の中にあっても彼は不惑の年に達しているのである。だからこそその立ち得ないことや惑溺を脱し得ないことが、当然為すべきことの欠如として非難せられる。青年の惑溺は寛容せられるが、不惑の齢に達したものの惑溺はその人の信用を覆してしまう。壮年の焦燥は同情せられるが、知命の齢に達したものの焦燥はその人への尊敬を消失せしめる。してみると、右の段階は常人の生涯の段階として当然踏まるべきものと見られているのである。ただ矩を踰えざる段階のみは常人の生涯に適用せられない。そうしてその適用せられないことにも深い味がある。が、その最後の段階のみを除いて、孔子自身の生活の歴史であったものがあらゆる人に通用する人生の段階とせられて来たところに、人類の教師としての孔子の意義が炳乎として現われていると言ってよかろう。