후리가나로 읽는 일본 고전
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しょうしょうしげもとのはは
少将滋幹の母
谷崎 潤一郎
谷崎 潤一郎의 少将滋幹の母(しょうしょうしげもとのはは)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 83,234자 · 160화면
因みに云うが、前掲の平中の「物をこそ」の歌は、古今集には読人しらずとして載っており、「物をこそいはねの松の」が「思ひ出づるときはの山の」となっている。又十訓抄は此の歌の作者を国経としているが、その文に曰く、
時平公はすべておごれる人にておはしけるにや、御をぢの国経大納言の室は在原棟梁の女なりけるを、たばかりとりて我が北の方にし給ひけり、敦忠卿の母なり、国経卿歎き給ひけれども、世のきこえにはゞかりてちから及ばざりけり
思ひ出づるときはの山の岩つゝじ
いはねばこそあれ恋しきものを
此の歌は、国経卿その比よみ給ひけるとぞ
と。なるほど、歌としては「物をこそ」より「思ひ出づる」の方が格調が高いように感じられるし、又これを国経老人が詠んだと云う風に考えて見るのも哀れが深いが、そう云う詮議立ては此の小説の埒外であるから、今は孰方でもよいとしておこう。たゞ、こゝにもある通り、時平は夫人在原氏をたばかり取る目的で連れ去ったのであるから、もちろん明くる朝になっても大納言の所へ返して寄越しはしなかった。それどころか、豫めしつらえて置いた寝殿の奥の一と間に住まわせて寵愛したので、翌年には早くも後の中納言敦忠である男子を生むに至り、遂には世人も此の夫人を貴んで「本院の北の方」