일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

谷崎 潤一郎의 少将滋幹の母(しょうしょうしげもとのはは)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 83,234자 · 160화면

아오조라 문고

が、これも延長三年六月十八日に、僅か五歳を以て薨じた。たゞ二男の富小路右大臣顕忠が、康保二年四月廿四日を以て六十八歳で歿したのは例外であるが、此の人は心がけのよい人で、平生菅公の霊を畏れ敬い、毎夜庭に出て天神を拝した。又身を持すること謹厳で、倹約を旨とし、大臣の位に六年の間いたけれども、家にあっても、外にあっても、大臣の作法を振舞わず、外出の時は前駆を具して行くことはめったになく、車ぞいにも四人の供は召連れず、いつも車の尻の方に乗った。食事をするにも贅沢な器を用いず、土器に盛って、台などもなしに、折敷に載せて直かに畳の上に置いた。手水を使うにも半挿盥を用うることはなく、寝殿の日隠の間に棚を作らせて、小桶に小さい柄杓をつけておき、毎朝仕丁がそれに湯を入れるだけで、手を洗う時は自ら水をかけに行くようにし、人手を煩わすことはなかった。そう云う人であったから、右大臣にまで昇進し、後に正二位を贈られたのであるが、此の大臣の孫たちのうちで、三井寺の心誉、興福寺の扶公等、佛門に入った者は恙なきことを得て、大僧都や権僧正の地位に至った。僧になった者は、此の外にも敦忠中納言の子右兵衛佐佐理、その子の岩倉の菩提房文慶等があり、これらは孰れも佛道に帰依したお蔭で禍を免れることが出来たのであるが、結局昭宣公の長男たる時平の後裔