일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ぞくほうしこう

差別の根源を考える

喜田 貞吉

喜田 貞吉의 差別の根源を考える(ぞくほうしこう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 147,985자 · 289화면

아오조라 문고

その本末は不明であるが、吉備大臣の裔と称する幸徳井家が京都から没落して、祖先の由緒を尋ねて吉備大臣の塚の傍らに住んだとは、少しくうがちすぎた説といわねばならぬ。賀茂氏の末が、備中にあるとの『新芦面命』の説も、備中と吉備大臣との関係から言い出した説かもしれぬ。が、ともかく幸徳井氏が奈良にいて暦のことに与っていたのは由来古いことで、すでに『雑事記』にも所々にその記事が散見し(文明二年十二月十八日、同七年十二月二十五日、延徳四年正月二十五日、明応元年十二月二日、同二年十二月二十日等)、延徳三年末条には、その系図までがみえているほどで、当時は代々三位にまで叙せられた立派な家であった。それが後に野田山上に移ったと言われている。『坊目考』に、

野田山上村家数十六軒(内二軒幸徳并家御赦免地)幸徳井(吉備真備末裔加茂氏陰陽博士)伝云、往古住二于吉備塚辺一也、其後移二居于此所一云云。

とある。しからば後に陰陽町に移ったという中尾氏等とは自ずから別の家らしい。

野田山上にもせよ、また陰陽町にもせよ、ともに移ったという時代は明らかでないが、やはりもとの吉備塚にも陰陽師は存していたとみえて、『坊目考』