후리가나로 읽는 일본 고전
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やくしゃのかお
役者の顔
木村 荘八
木村 荘八의 役者の顔(やくしゃのかお)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 5,070자 · 10화면
地顔の、高がいわゆる「イイオトコ」位のことで、そのまま舞台に立たれた日には、劇は持ちません。映画の人がこれでよく「実演」というものを見せますが、実演という言葉からしていけない。劇は実は「実演」であってはいけないでしょう。ウソを演じて実以上に美化するものでなければ「芸」でないことは、申すまでもない。
「羽左衛門」を転機としてそれ以後の俳優の顔は、菊五郎・吉右衛門と雖も、その地顔と舞台顔とのひらきを短縮したものになって来ている。それが「近代」というものだと思います。――殊に現在のカブキ復興に際会してたてものとなっている若い俳優達の「顔」に至っては、例えば松緑の顔は、いわゆるメーキアップが何か不足?とも見えて、その地顔の佗びしい顴骨がいつも舞台で「美化」されていずに、狐忠信も、安宅関の富樫も、同じようなサラリーマン式の風貌に見えるし、梅幸の累は、与右衛門が塔婆を折ってから異相に変っても、その眼の上のあざが、顔に乗って見えません。
あざにしても、黒子にしても、云うまでもなく顔一杯の隈取りに至るまで、旧劇のメーキアップは、この乗るか外るかが「舞台顔」には、身性のわけで、最近知盛が二つ出ましたが、演ることは大体そつが無いとしても、染五郎の碇知盛は矢張りその「顔」