후리가나로 읽는 일본 고전
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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
室生 犀星의 我が愛する詩人の伝記(わがあいするしじんのでんき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 116,728자 · 231화면
晩年、盛岡の深沢紅子の生家に滞在し、途中、山形の竹村俊郎の家に寄り、帰京後、旅の魔にとりつかれた彼は、山陰道を廻って長崎に着き、そこで一ヵ月近く滞在すると、暮の十二月に帰京した。この間の旅行の疲れがたたり肺を悪化させ、クリスマス前後に市の療養所に移った。そうして翌年の三月二十六日に死んでいた。
立原道造は大正三年七月三十日 日本橋区橘町に生まれ、父は立原の六歳の折に死去、母と弟、傭人の間に育ち、家業は商品発送の箱の製造業であった。十四歳で府立三中に入学、この学校からは芥川龍之介が学び、奇しくも堀辰雄もここを卒業していた。一高入学は昭和六年、九年春、帝大工学部建築科に入り、十二年春に卒業し、数寄屋橋際の石本建築事務所に勤めた。
この短命な詩人がどういう雑誌に詩を書いていたか、神保光太郎の調べた表に倚ると、凡て営利雑誌ではなく、じみな純粋な文学雑誌ばかりであった。『四季』『コギト』『文藝』『新潮』『文学界』『文藝汎論』『未成年』『偽画』『一高校友会誌』『新日本』『こをとろ』『婦人画報』『むらさき』『朱緯』『句帖』『セルパン』『帝大新聞』等である。
立原は手紙を書くことに於て名人である。