일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

室生 犀星의 我が愛する詩人の伝記(わがあいするしじんのでんき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 116,728자 · 231화면

아오조라 문고

椰子の実

名も知らぬ遠き島より

流れ寄る椰子の実一つ

故郷の岸を離れて

汝はそも波に幾月

旧の樹は生ひや茂れる

枝はなほ影をやなせる

われもまた渚を枕

孤身の浮寝の旅ぞ

実をとりて胸にあつれば

新なり流離の憂

海の日の沈むを見れば

激り落つ異郷の涙

思ひやる八重の潮々

いづれの日にか国に帰らん

藤村は二十六歳で処女詩集『若菜集』(明治三十年刊行)を出したが、北原白秋の『邪宗門』を出した年齢より遅れ、三木露風は二十二歳くらいで『廃園』を出版しているのに較べるとやはり遅い、しかし当時二十六歳で最初の詩集を刊行しているのは、全般的に見て早い方である。第四詩集『落梅集』が明治三十四年に出ていて、当時、藤村は三十歳であった。私の処女詩集発刊は二十八歳くらいで、ここまで考えて来ると、処女詩集は大抵の詩人は三十歳前に出していることが判る。

藤村が散文や小説に転換したのも、同時に三十歳前後だった。大家らしく新進らしい妙な手堅い地位を持った彼は、雑誌新聞にどっしりした感じの量感をあたえ、吹っ飛ばしても飛ばない重さが見られた。どこからこの重いものを学んだかは、自らやたらに書いてはならぬと覚っていたからである。