후리가나로 읽는 일본 고전
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ぶんしとしてのちょうみんせんせい
文士としての兆民先生
幸徳 秋水
幸徳 秋水의 文士としての兆民先生(ぶんしとしてのちょうみんせんせい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 3,042자 · 7화면
抑も芸術の物たる其由て居る所果して、安くに在る哉。蓋し吾人情性皆悩中一種の構造に繋る者にして其庶物の観に於けるや嗜む所あり嗜まざる所有り。而して庶物の形状声音是の如く其れ蕃庶なりと雖も之を要するに二種を出でず。即ち形態は人目を怡ましむる者にして其数万殊なるも竟には線条の相錯われると色釆の相雑われるとに外ならず。声音は人耳も怡ましむる者にして其の種は千差万別なるも竟に亦抑揚下緩急疾徐の相調和するに外ならず。
是れ維氏美学の一節である。近時諸種の訳書に比較して見よ。如何に其漢文に老けたる歟が分るではない乎。而して其著「理学鈎玄」は先生が哲学上の用語に就て非常の苦心を費したもので「革命前仏蘭西二世紀事」は其記事文の尤も精采あるものである。而して先生は殊に記事文を重んじた。先生曰く、事を紀して読者をして見るが如くならしむるは至難の業である。若し能く記事の文に長ずれば往くとして可ならざるなしであると。蓋し岡松先生の教に従ったのである。今先生の記事文の一節を掲げよう。
一日ルソー歩してワンセンヌに赴く。偶ま中路暑に苦み樹下に憩い携うる所の一新聞紙を披いて之を閲するに、中に載する有りチシヨンの博士会一文題を発し賞を懸けて能く応ずる者あるを募る。