후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
ぶんしとしてのちょうみんせんせい
文士としての兆民先生
幸徳 秋水
幸徳 秋水의 文士としての兆民先生(ぶんしとしてのちょうみんせんせい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 3,042자 · 7화면
曽て世間に媚びなかった。常に世間に一歩を先んじた。先生の文章は先生の至誠至忠の人格の発露であった。是れ先生の文章の常に真気惻々人を動かす所以であって、而も陽春白雪利する者少き所以である。而して単に其文字から言っても、漢文の趣味の十分に解せられない今日に於て、多数人士の愛読する所とならぬは当然である。先生「一年有半」中に、
夫文人の苦心は古人の後に生れ古人開拓の田地の外、別に播種し別に刈穫せんと慾する所の処に存す。韓退之所謂務去陳言戞々乎其難哉とは正に此謂いなり、若し古人の意を※(「足へん+搨のつくり」、第4水準2-89-44)襲して即ち古人の田地の種獲せば是れ剽盗のみ。李白杜甫韓柳の徒何ぞ曽て古今を襲わん。独り漢文学然るに非ず。英のシエクスピールやミルトンや仏のパスカルやコルネイユや皆別に機軸を出さざる莫し。然らずんば何の尊ぶ可きことか之れ有らん。
記してあるのみならず、平生予に向っても昔し蘇東坡は極力孟子の文を学び、竟に孟子以外に一家を成すに至った。若しお前が私の文を学んで、私の文に似て居る間は私以上に出ることは出来ない。誰でも前人以外に新機軸を出さねばならぬと誨えられた。