후리가나로 읽는 일본 고전
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にほんのみんしゅうと「にほんてきなるもの」
日本の民衆と「日本的なるもの」
戸坂 潤
戸坂 潤의 日本の民衆と「日本的なるもの」(にほんのみんしゅうと「にほんてきなるもの」)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 8,821자 · 18화면
内容は抜き去って日本民族の形式的な能力(外来文化の自主的な同化の能力とか何とか)を引き出すことも出来よう。処が現に眼の前に生きている民衆の方はそうは行かない。
六百万人の東京市民(之は日本民族の一割弱に当る)が「もののあわれ」を感じながら労働しているとも思えないし、五千万人の農民が武士道で暮している筈もない(ファンク=伊丹万作ではあるまいし)。現代の日本の民衆のありのままの心事をリアリスティックに考察して見るなら、無理に日本的なものを見つける材料としてではなく、それ自身を尊重して考察するなら、所謂日本的なものに都合のいい姿ばかりは現われないだろう。日本の民衆は現に支那の民衆とも違いソヴェート・ロシアの民衆とも違う。だがそういう相違点だけを纏めて見ても、それと民族のあれこれの文化的特色から引き出された所謂「日本的なるもの」とは一致しない。このギャップを埋める心算でない限り、所謂「日本的なるもの」は日本の民衆にとってはまるで遠いどこかの国の物語りのようなもので、有難迷惑なものであったり、テレ臭いものであったりするのだろう。日本民族の現実の心理の分析に先立って、どこかで造って来た日本的なものを押し立て、之を日本民衆に押しつけることは、理論上一つの暴力と云わねばならぬ。