후리가나로 읽는 일본 고전
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にほんぶんかのとくしゅせい
日本文化の特殊性
戸坂 潤
戸坂 潤의 日本文化の特殊性(にほんぶんかのとくしゅせい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 9,361자 · 19화면
の如きは日本国民の支那人に対する優越感を印象づける代りに日本農民自身の姿をそこに見出させるのだ)、日本ほど漢洋折衷(?)に苦んではいないようだ。丁度日本の明治初年にも似て、支配者層は資本主義的文化による旧文化の止揚に信頼をおいているが、併しこの信頼が日本の明治初年のそれと異る処は、すでに資本制的支配者の限度を越えて農民勤労者の立脚点を介入するという経験を有っていることだ。支那が云わば漢洋折衷に無やみと骨を折ったり「支那的なるもの」にかじりついたりしないのは、支那がまだ鹿鳴館時代にブラ/\しているからではなく、寧ろ現代の支配権力そのものがかつて、多少とも社会主義的な色彩を経験したことがあるからなのだ。それは孫文後今日に到るまでの支那の政治史と文化史とが語る処である。
之に反して日本に於ては、支配者はまだこれまで、曽つて一遍も社会主義的意図を懐いたことがない。社会ファシスト的意図さえもまだ地についていない。日本も支那もアジア的条件の下に、事実上デモクラシーが極度に未発達であることに変りはないものの、云うまでもなく日本には一日の長がある。だがにも拘らず日本の場合では、このデモクラシーの未発達が頭から非社会主義反社会主義、という政治実質を意味して来ているのである。