후리가나로 읽는 일본 고전
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やせがまんのせつ
明治十年丁丑公論・瘠我慢の説
福沢 諭吉
福沢 諭吉의 明治十年丁丑公論・瘠我慢の説(やせがまんのせつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 24,663자 · 48화면
この時に当り徳川政府は伏見の一敗復た戦うの意なく、ひたすら哀を乞うのみにして人心既に瓦解し、その勝算なきは固より明白なるところなれども、榎本氏の挙は所謂武士の意気地すなわち瘠我慢にして、その方寸の中には竊に必敗を期しながらも、武士道の為めに敢て一戦を試みたることなれば、幕臣また諸藩士中の佐幕党は氏を総督としてこれに随従し、すべてその命令に従て進退を共にし、北海の水戦、箱館の籠城、その決死苦戦の忠勇は天晴の振舞にして、日本魂の風教上より論じて、これを勝氏の始末に比すれば年を同うして語るべからず。
然るに脱走の兵、常に利あらずして勢漸く迫り、また如何ともすべからざるに至りて、総督を始め一部分の人々は最早これまでなりと覚悟を改めて敵の軍門に降り、捕われて東京に護送せられたるこそ運の拙きものなれども、成敗は兵家の常にして固より咎むべきにあらず、新政府においてもその罪を悪んでその人を悪まず、死一等を減じてこれを放免したるは文明の寛典というべし。氏の挙動も政府の処分も共に天下の一美談にして間然すべからずといえども、氏が放免の後に更に青雲の志を起し、新政府の朝に立つの一段に至りては、我輩の感服すること能わざるところのものなり。