후리가나로 읽는 일본 고전
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やせがまんのせつ
明治十年丁丑公論・瘠我慢の説
福沢 諭吉
福沢 諭吉의 明治十年丁丑公論・瘠我慢の説(やせがまんのせつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 24,663자 · 48화면
されば我輩を以て氏の為めに謀るに、人の食を食むの故を以て必ずしもその人の事に死すべしと勧告するにはあらざれども、人情の一点より他に対して常に遠慮するところなきを得ず。
古来の習慣に従えば、凡そこの種の人は遁世出家して死者の菩提を弔うの例もあれども、今の世間の風潮にて出家落飾も不似合とならば、ただその身を社会の暗処に隠してその生活を質素にし、一切万事控目にして世間の耳目に触れざるの覚悟こそ本意なれ。
これを要するに維新の際、脱走の一挙に失敗したるは、氏が政治上の死にして、たといその肉体の身は死せざるも最早政治上に再生すべからざるものと観念して唯一身を慎み、一は以て同行戦死者の霊を弔してまたその遺族の人々の不幸不平を慰め、また一には凡そ何事に限らず大挙してその首領の地位に在る者は、成敗共に責に任じて決してこれを遁るべからず、成ればその栄誉を専らにし敗すればその苦難に当るとの主義を明にするは、士流社会の風教上に大切なることなるべし。すなわちこれ我輩が榎本氏の出処に就き所望の一点にして、独り氏の一身の為めのみにあらず、国家百年の謀において士風消長の為めに軽々看過すべからざるところのものなり。