후리가나로 읽는 일본 고전
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えいがときかん
映画と季感
中井 正一
中井 正一의 映画と季感(えいがときかん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 2,883자 · 6화면
常に芸術家は、すべての人々から、魚の網膜を切りとるためにのみあるといえるのである。
われわれは、芸術を通して奴隷性から封建性等々、歴史の濁った角膜を切りとって、この二十万年の間、人類がみずから築ききたった大いなる宇宙への問い、
「何ものかが、宇宙にある。何ものかが、人生にある。」
と問い求めるすがすがしいまなざしを、今まさにわれわれの瞳孔にもたなければならないのである。
映画のレンズが、人間の目に代わって物質の見かたをもって物質のフィルムに刻み込むいろいろの形は、一九五〇年において、新たな人造人間的視覚として、その特異なる角膜をもちはじめつつある。これが悪魔的なものとなるか、または神々的なものになるかは、われわれ人類のこの五十年における決意いかんによって定まるともいえるのである。
この新たなる瞳孔は一に自分みずから実に敏感にその歴史的段階の標準を記録するのである。一九三〇年のレンズは、一九五〇年のレンズと決して同じでない。うつしたフィルムもその聖なる歴史の一回性をそのまま記録する。またそれを取り扱った民族においてもまぎれることはないのである。ツァイスにはツァイスの見かたがあり、イーストマンにはイーストマンの見かたがある。