후리가나로 읽는 일본 고전
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ぎゃっこう
晩年
太宰 治의 晩年(ぎゃっこう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 44,459자 · 91화면
列車
一九二五年に梅鉢工場という所でこしらえられたC五一型のその機関車は、同じ工場で同じころ製作された三等客車三輛と、食堂車、二等客車、二等寝台車、各々一輛ずつと、ほかに郵便やら荷物やらの貨車三輛と、都合九つの箱に、ざっと二百名からの旅客と十万を越える通信とそれにまつわる幾多の胸痛む物語とを載せ、雨の日も風の日も午後の二時半になれば、ピストンをはためかせて上野から青森へ向けて走った。時に依って万歳の叫喚で送られたり、手巾で名残を惜まれたり、または嗚咽でもって不吉な餞を受けるのである。列車番号は一〇三。
番号からして気持が悪い。一九二五年からいままで、八年も経っているが、その間にこの列車は幾万人の愛情を引き裂いたことか。げんに私が此の列車のため、ひどくからい目に遭わされた。
つい昨年の冬、汐田がテツさんを国元へ送りかえした時のことである。
テツさんと汐田とは同じ郷里で幼いときからの仲らしく、私も汐田と高等学校の寮でひとつ室に寝起していた関係から、折にふれてはこの恋愛を物語られた。テツさんは貧しい育ちの娘であるから、少々内福な汐田の家では二人の結婚は不承知であって、それゆえ汐田は彼の父親と、いくたびとなく烈しい口論をした。