후리가나로 읽는 일본 고전
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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ
東山時代における一縉紳の生活
原 勝郎
原 勝郎의 東山時代における一縉紳の生活(ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 69,142자 · 134화면
摂州へ行ったのは、池田に用事があり、かつ有馬の温泉に湯治するための旅行であった。故に摂州行は必ずというではないけれど、多く気候の寒い時、すなわち十月から二月までの間にやったのである。以上二州よりもやや遠い所では、東北は若狭、越前、美濃、西南は紀、泉、播州等であった。それよりも遠くなると東北は越後、坂東、西南は中国筋から九州へかけての旅行もやった。特になじみが深かったのは越後である。これは上杉相模入道の子息なる民部大輔といえる者、仁慈博愛の武士であって、宗祇は特にその引立てを得、重恩を荷なったからである。されば右の民部大輔が長享二年三月生年三十六歳をもって鎌倉であえなき最後を遂げた際に、宗祇は哀慟のあまり、一品経を勧進して彼のための追善を営んだという。かくのごとき縁故があるので、その後も宗祇はたびたび越後におもむいた。また彼が中国九州におもむいたのは、主として大内家を目的にし、越前におもむいたのは、朝倉をたよって出かけたのであるこというまでもない。かく席暖まるいとまもなく、京田舎を出入した宗祇は、晩年遠国下向の時となると、その平素もっとも大切にしている『古今集聞書』