일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ

東山時代における一縉紳の生活

原 勝郎

原 勝郎의 東山時代における一縉紳の生活(ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 69,142자 · 134화면

아오조라 문고

連歌師のみならず龍翔院右府公敦のごときを始めとして公家等のたよって行ったのもある。『平家』を語る琵琶法師等もはるばる中国下りしてその眷顧を受けた。実隆が大内政弘のために、いろいろ書写してやり、あるいは銘を書き、周防浄光寺のために朝廷に取り持ちて、灌頂開壇の特許を与え、宗祇の勧めによって長門住吉法楽万首の奥書を書し、殊に用脚に関する場合に、宗祇と相談のうえ書状を発している。されば実隆と大内家との間を親密ならしめたのは、宗祇の居中周旋によるものだとも考え得られるのである。実隆のために金策の秘計をめぐらした者は宗祇のみではないけれど、その方面においての宗祇の尽力は、決して少小でなかった。実隆に書いてもらった扇子をば、宗祇はあるいは実隆のための金策の便宜上、これを他に贈遺したかも知れぬ。少なくも実隆が宗祇に書いてやった扇子は、間接に自分の家計を補う因となったのだ。大晦日に扇子を書かされたとて、あまり苦情をいうべき筋でもない。これを日記に書したのは、一時むっとしたからで、実隆もまたこれらのために宗祇に対し永く不快の念を懐いたのではないようである。

宗祇はもと身体壮健であったけれど、寄る年波の争い難くて、明応五年のころから、耳聾し治し難く、その他にははるかに衰弱を見ざりしも、明応の末年より越後に遊び、立居のようやく