일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ

東山時代における一縉紳の生活

原 勝郎

原 勝郎의 東山時代における一縉紳の生活(ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 69,142자 · 134화면

아오조라 문고

宗祇はまたさまでに名のない田舎人をも実隆のもとに同伴し、または仲介となりて和歌の合点などを依頼した。薩摩の僧珠全や、美濃の衣斐出雲なども、皆かくして実隆に紹介された人々である。そのほか日記には明かに見えぬけれど、越後国の高梨刑部大輔政盛が『古今集』を書いてもらって、五百疋の礼をしたことや、越後上杉家の雑掌神余隼人が、実隆と別懇になったのも、直接あるいは間接に宗祇の越後通いによって作られた因縁だろうと察せられる。神余隼人の始めて実隆のもとを訪うたのは、宗祇の歿後永正元年の春のことで、初対面の土産として、太刀一腰、金一緡を持参におよび、色紙三十六枚に和歌を書いてくれと所望した。しかるに実隆は一儀に及ばずこれを承諾し、一盞を勧めてもてなした。これによって察するにこの神余なる者はよほど早くからして、少なくも音信くらいをした人らしく見える。されば永正七年には隼人のみならず、その女房衆まで三条西家に出入した記事が日記に見え、享禄二年には神余与三郎という者、三条西の召仕として抱え入れられている。多分隼人の近い身寄の者であろう。

越後においては上杉の雑掌神余がかくのごとく実隆に親交ある以上、その主人たる上杉が、実隆に音信を通ずるにおいて、何の不思議もなく、永正六年に実隆よりして兵庫頭定実に遣わした書状の返事が、翌年七月