후리가나로 읽는 일본 고전
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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ
東山時代における一縉紳の生活
原 勝郎
原 勝郎의 東山時代における一縉紳の生活(ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 69,142자 · 134화면
しかし元盛の妻は本来尾州の者であったらしい。尾州には三条西家の所領があったから、あるいはその出身かも知れぬ。これは夫の歿後には尾州に下向した。その際夫婦が住みならした家屋をば、さる公卿に売り渡したことが、『実隆公記』に見えている。この元盛の子に盛豊というものがあった。父の後を承けて三条西家に奉仕しておったが、父の功をかさに著てか、我儘の振舞多く、過言などもしばしばあったと見え、明応五年には実隆も堪忍しかねたらしく、一旦は召仕わぬと申し渡した。けれどもそれまでの好みを考えると、そうもできなかったらしく、明応八年四月、元盛の十三回忌に、盛豊が形のごとく僧斎を儲けた時に、実隆は家計不如意のため、志があっても力が及ばぬ、十分な補助ができぬのは遺憾だと歎いている。元盛父子のほかに三条西家の召仕としては、故参者に中沢新兵衛重種という者があって、元盛の歿後は、この者が家令のようである。この重種の父もやはり三条西家奉公人であったらしく、延徳二年その亡父の十七回忌に当ったので、家中衆が斎食の儲をした記事が見える。延徳三年の春からして、この中沢は年千疋の給金になった。