후리가나로 읽는 일본 고전
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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ
東山時代における一縉紳の生活
原 勝郎
原 勝郎의 東山時代における一縉紳の生活(ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 69,142자 · 134화면
とある。この代官が延徳元年に上洛した時には、柳二荷、鴈、干鯛、黒塩三十桶、刀一腰(助包)持参に及んだから、実隆はこれに対面し、かつその返礼として、以前義尚将軍から鉤りの里で拝領した太刀一腰を遣わしたとある。丹瓜がこの富松の名物と見え代官からこれを進上しているし、それのみではなく正月の若菜および盆供公事物を送って来る例になっておった。年貢米がどれだけあったかは判明しない。
摂津の先きの播磨の飾磨郡にある穴無庄、同じく揖保郡にある太田庄、また共に三条西家の所領であった。穴無の郷の公用というのは、その公文職の年貢なので、年一千疋が定額であったらしい。守護不入の地とはいうものの、延徳ごろの代官たる中村弥四郎のごとき、守護赤松の被官人であって見れば、陣夫銭その他の課役を納めぬわけにも行かず、故に三条西家からしきりに催促されても、半分くらいはこれを翌年廻しにする。現に延徳三年十一月のごときは、右の中村が赤松に催されて、坂本の陣中に在り、そこへ三条西家の使者が出かけて催促したけれど、要領を得なかったのである。その後次第に納額が減少し、三百疋の年もあり五百疋の年もあった。