일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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せいかつしゃとしてのせいちょう

生活者としての成長

宮本 百合子

宮本 百合子의 生活者としての成長(せいかつしゃとしてのせいちょう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 5,603자 · 12화면

아오조라 문고

二葉亭自身は、人生と社会とに何ものかを齎し、人々に何かを考えさせ感じさせる「人生の味い」をふくんだ文学を文学として考え自分の作品にそれだけのものを求めていた。しかし、日本の当時の文学をつくる人たちはそのような文学の使命を一向に感じず、求めようともせず、遊廓文学めいた作品をつくっている。

この煩悶を二葉亭四迷はついに文学の内部で解決する方法を見出すことが出来なかった。そこに、彼の時代の悲劇と彼自身のものの考えかたからの悲劇とがあったと思う。二葉亭四迷は「浮雲」によって日本の文学のために極めて意義ふかい発足を行い、ゴーゴリ、ゴーリキイ、ガルシン、アンドレーエフなどの作品を翻訳紹介しつつ三十九年には「其面影」四十年には「平凡」と創作の業績を重ねながら、目前の日本文学一般がおくれていることへの不満のはけくちを、日清戦争後の日本がさらにシベリアへ着目していた当時の国士的な慷慨のなかに見出した。そして、朝日新聞社からロシア視察旅行に赴き、あちらで発病して、明治四十二年五月帰途の船が印度洋を通っているとき病歿した。

二葉亭の悲劇は決して旅の半ば船中でその生涯を終ったことではない。